著者:佐藤 梨花子 | 2019年4月11日
回答者
- 名前: 山下 真千代
- 1974年より海女になる
- 山下駐車場・海女小屋「磯人」経営
- 志摩市志摩町御座生まれ
連絡方法
- 電話: 0599-88-3039
- 日本語のみ
<※なお、本記事の内容は個人の見解であり、海女全体や当該地域を代表するものではありません。>
子供を2人産んで、25歳くらいの時から本格的に海女を始めた。今がちょうど70歳だから、海女を45年しとる。祖母の教えで海女をして身体を冷やすと妊娠しにくくなるからと、子供を2人産むまでは海女をさせてもらえなかった。
私は母を早くに亡くしているの。兄と弟がいるけれど、祖母は娘の忘れ形見の私を引き取って、大事に育ててくれたのね。祖母は呉服屋をしていたし海女もしていたから、お金には子供の頃から不自由したことはない。土地も家も買ってもらったし、結婚してからの生活費も全部祖母が出してくれた。それでも私は海が好きで、暇さえあれば海へ行っていた。水温の高い夏の間だけは海女を許可してもらえたから。
子供を2人産んで、やっと海女が出来ると思ったらちょうど磯着からウェットスーツを着る時代になって。
だから私は磯着(白い木綿の服)で潜ったことがないの。
元々商売をするのも好きやから、民宿をやったり、駐車場を経営したりしてる。
けれどそれ以前に、私、道を付けるんが好きなんさ。
不便な事が嫌い、なんでも便利にするのが好きなの。欲しい所に道がなくて不便だと感じたら、自分で山も土地も買って、設計図も自分で描いて作っちゃう。行政に頼るといつ完成するか分からないし、それに自分の思い描いた通りの物ができるとも限らないやろ。それやったら自分で作ったろって。この駐車場もみんな自分で設計したの。私はな、土地を見ると平面図から立体図まで、頭の中にパッと浮かぶ。これはもう生まれ持った感覚さ。他人の家に行っても太陽の位置や方角、風の当たり具合なんかをすぐに見てしまうもの。
結局、それは海の中でも生かされてくる。海底の地形もすぐに覚えるから人より磯場を覚えるのが早いんさ。
自分一人だけたくさん獲れていても、同じ火場(海女小屋)の人らが獲れていないと面白くないやないの。だから私は同じ船に乗る仲間や同じ火場の仲間には全部教える。
テレビなんかの場合はまず「どういう取材がしたいんですか?」と取材や番組の内容を聞く。相手がちゃんとした人やったら受けるけどな。
中には私じゃなきゃいかんっていう取材もあるんさ。「他の人じゃダメなんです、山下さんじゃなきゃ困るんです」っていう。「ああしてくれ、こうしてくれとは言いません。普段通り、ありのままの海女の生活を撮影させて下さい」って。そういうのはオーケー。
だけど私は昔から漫才師やそんな人らが来てきゃーきゃーするようなテレビは大嫌い。それと、「1日3万円払いますから撮影させて下さい」なんていうのもお断り。
お金で交渉してきたり、芸能人を連れてきてああしろこうしろと注文を付けてくるような撮影は絶対に受けない。
私は海女で1日10万円稼ぐ日もある。たった3万円のためにおかしな撮影に協力するくらいなら、海で稼いでくるわ。
ああ、あの先生ね。
いつだったか、その先生が私たち海女さんと一緒にバスに乗っていた時に、私に向かって「トモカズキ(注1)に会った事がありますか?」と聞いてきたの。
それを聞いて私は「日本昔ばなしじゃあるまいし、そんなふざけた話を本物の海女さんに聞くなんて、頭がおかしいんと違うんか!」って言ってやったの。
私たちに海女として自分たちが経験してきた事を聞くなら分かる。けれど、ああいう大学の先生らは古い文献なんかを読んで、その伝説を信じて、想像して、ろくに体験したこともないくせにさも知っていますと言う風にしゃべる。
その上、ありもしないものについて私ら海女に聞いてくるなんて・・・って腹が立って。
トモカズキと言うのは私が思うに、相当無理な潜きをして溺れかけた海女が、段々と意識が朦朧としてきた時に見る幻覚なんやないかと思う。
そやけどな、私らはプロや。そんな事故になるような無理な事は絶対にせえへん。そんな死ぬような思いをして潜る海女はバカや。
そういう事、そういう事。別にダメでも次を探せばええもん。
けど、そこの踏ん切りがな、できないと。だからそれがプロなんさ。
危険な目に合ったら咄嗟の判断で浮上する事だけを考えてアワビは捨ててくる。そして二度と同じような目に合わないようにする。
『底甲斐性(そこがいしょう)』という言葉があるんさ。海の底で何かあった時、それを回避してくるだけの甲斐性のある人を「底甲斐性がある」って言うの。そういう人はケガをしない。危険な事には近付かないの。私も初めて行くような場所は、まずはノミを入れてみて、危険がないか探ってから手を入れる。いきなり手を突っ込んでウツボに手を噛まれたり、ヒレに毒のある魚に刺されたりしたら大変やからね。
初めての場所なら、例えアワビを見つけてもすぐには獲らない。どこまで手が届くのか確認して、いけると思ったら一旦浮上して息を整えて、それから再度行く。
それが45年間、物も獲るけどケガなくマイペースに海女をしてこれた秘訣なんやわ。
一番楽しいんは、海老引き(=伊勢海老漁)と、魚突きな。あれは楽しいな。
金になるとかや無いんや。アワビやサザエやったら確率90%で獲れるし、そっちの方が金にはなる。けれど伊勢海老、魚は見つけた瞬間『挑戦』さ。1匹1匹が真剣勝負。
見つけて「よっしゃー」と思ってもまず心を落ち着かせて、そうしてパッと獲った時、「私が勝った」と。
ほいで、伊勢海老を獲る時。見つけた瞬間もう有頂天になってな、「よっしゃー!貰ったもんや」思ってな。こっちのもんや思って行くと、エビバサミで海老の横に生えとるアラメの茎挟んでしまったり、シマ(海中の岩)を挟んだりして。
カチーンと変な音がして「うわぁ、何しとんのや」って思うとるうちに伊勢海老に逃げられる。そういう時はこう、もうちょいと落ち着いて構えないかんかったなぁ・・・って反省する。
魚はヤスを構えて、狙いを定めてゴムをパッと放して先端がバチーンと当たってブルブルブルッと振られた瞬間、なんっとも言えない。「やったー!」と思う。
やっぱり逃げる物を捕まえた時が一番楽しいな。
「一流の海女さん」か。
おかずき(注2)と呼ばれる海女さんはな、昔から綺麗な潜きをするの。
自分より腕の悪い、浅い所しか潜れない海女さんが近くへ来たら、磯場を譲って自分は更に深い所を潜ったり別の場所へ移動したり。だから私は昔から「綺麗な潜きをする」って人から言われる。
逆におかずきでも悪い海女さんは、他の誰かがたくさん獲っていそうだと思ったら近くへ寄って行ってすぐ側で潜ったり、そういう人もいる。けれどそういう人は死ぬまで「あの人は陸では良い人だけど、海の中では汚のうてなぁ」と言われる事になる。
私はそれが嫌やった、自分はそんな風に言われたくないと思った。
人に磯場を譲ると、今度は逆に誰かが私より先に来て潜ってる場所の近くに私が行った時に、「あ、あれは真千代さんだから私のいる場所へは来ないから大丈夫だわ」と相手の人は安心して潜いておれる。だからお互い嫌な思いもせず、喧嘩せずに同じ磯場で潜っていられる。
もし汚い潜きをする海女さんが私の方へ寄って来たら「おお、よう来たな。私と取り合いしようや。先に私が全部獲ったる!」と思って、絶対にその場を動かない。
この人は譲ってあげようと思う人と、絶対に譲るもんかと思う人がいる。その人次第さ。
勉強になったか?
だけどな、海女さんやろうと思ったら本気出してやらないかんわ、中途半端な事せんと。そして、その日その日の自分の漁を一つずつ、必ず、覚えていく事。
自分は今日こういう風に潜いた、こういう風に移動してその先に石があって海藻がこんな風に生えていて、そしてこれを獲った・・・とか。毎日覚えていくんや。
そしてそれをしっかりと自分の心に刻む。そうすると磯場という物が分かってくるんや。人の後ろを追いかけてばかりおっては自分の物にならへん。自分の磯場は自分で覚えないかん。行き当たりばったりの潜きではいつまでたっても覚えない。
私の弟子の1人は、私が潜っているのを時々ジーッと見ていて、私がその場所を離れたらすかさずやって来て私がどんな場所を潜っていたのか見に来る。そして磯場を覚える。
そんな事をすると自分の磯場を人に盗られる気持ちになって文句を言う人もいるけれど、私はそれで良いと思っとる。海は誰の物でもないんやから。
それにな、文句を言うのは腕の悪い海女だけ。腕の良い海女はどんな場所に放り込まれても、ちゃあんと獲ってくる。
◆注1:海中で遭遇すると言われる魔物。海女とそっくりな格好をしており、海中でアワビなどを手渡そうと手招きしてくる。それをそのまま海中で受け取ると海底に引きずり込まれ命を落とすという伝説がある。
◆注2:「お潜き」。腕の良い上級海女の事を指す伊勢志摩地方の方言。
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